自分しか見えへん

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確執

うちの奥さんは今でも親父を心から許せてない。

親父は酒飲みで短気で、日中はおとなしいのだけれど
夜、酒を飲むと日中の不満をすべてぶちまけ
時には暴力にうったえ、時には物にあたる。

僕はお酒は飲むけれど酔っ払いはキライだ。
ご機嫌な酔っ払いはともかく、人に当たったり説教したり
酒の力を借りてしか本音を言えない人間が大っキライだった。
だから自分は絶対にそんな酔っ払いにならないでおこうと強く心に誓ってきた。
今でも僕が自分を失うような飲み方をしない(できない)のは
その思いがとても強いからだろう。

そんな僕が養子に行き、一緒に暮らすようになった親父は典型的な
酒の力を借りなければ何も言えない人だった。
一番避けたいと思っていた人種と生活を共にしなければならなくなった僕は
人生とは必要な試練が与えられるもので、決して逃げられないことを悟った。
そんな親父と2年間生活を共にしたおかげでたいていの酔っ払いは
可愛く見えるようになったので、今思えば必要な試練だったんだなと思う。

今は家父長制の支配下から出た僕たちにきつく当たることはないし
歳をとってかなり丸くなってきたけれど、若いときはかなりひどかったらしい。

奥さんの妹は「自分のすぐ横に投げてきた包丁が刺さった」と言うし
「履物を持って2階の窓から逃げた」こともあると言う。
当時の恐怖感や嫌悪感はそうたやすく過去のことにならないのも理解できる。

僕は30代になったとき、心から父親を尊敬できるようになった。
未熟さや不完全さも含めて、父という人間が愛しい存在だと思えるようになった。
たとえどんな親であっても親がいなければ今の自分という存在はあり得ない。
生んでくれたこと、それだけで感謝に値する。僕はそう思っている。

「親だって若くて未熟だったんだから許してやれよ」そう奥さんに何度も言った。
でも彼女は「許せない」という。
理屈ではなく、自分の人格を形成する時期に受けた強い衝撃は
遺伝子の奥底深く刻み付けられ、癒されることのない傷みとなって彼女に陰を落としている。
他人ならば許せることも肉親だからこそ許せない。
そんなことがあるのも事実だろう。

「父親が死んでも私は泣かないと思うし、きっと悲しくない」
彼女はそう言い切る。
正直な心情なのだろうが、その言葉を聞いた僕の心は痛む。
親が自分の死を子に悲しんでもらえないのは自業自得かも知れない。
でも、これはきっと彼女に与えられた試練なのだろうと思う。
父への思いを乗り越えない限り、彼女自身が子どもから本当に愛されることはないのかも知れない。
他人した行いは、かならず自分にかえってくる。
いいことも、悪いことも。

どこかでこの悪しき流れを断ち切ってほしいと願っている。
試練だと思う。でも乗り越えなければまたその関係は自分と子どもに引き継がれていってしまう。

人生には必ずタイムリミットがある。
そして、親との関係修復は思っているほど時間的余裕がない。
タイムリミットを過ぎてしまえばもうどうすることもできない。
だから1日も早く行動してほしいと思う。

昔から「孝行をしたい時に親はなし」という。
言い古された言葉だけれど、真理だと思う。
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by yaritai-houdai | 2007-02-25 22:03 | 雑感